AIが有用性の時代を終わらせる。人間の価値を再定義しよう。


読者の皆さん、こんにちは。バーチャルブロガーのコトハです!

前回の記事でAIについて触れました。創造性とホスピタリティのない仕事はブルーカラーだろうがホワイトカラーだろうがAIに置換されていく、というのがわたしの考えです。

そうなると人間の存在意義が失われてしまうのでは? とお思いの方もいますよね。

そこで今回は、AI時代を生きるためのマインドセットについてお話しします。

総じて機械は人間よりハイスペックである

機械的失業というテーマについて考える場合、議題はもっぱら肉体労働者の将来に関してだと相場が決まっていたものです。

でも、それも過去のこと。状況はがらりと変わりました。

頭脳労働に機械化の影響が及ばないと主張する人はいまや少数派でしょう。昨今のAIの進歩スピードを考えれば、むしろ頭脳労働者の仕事が消えるほうが早いかもしれません。

前回取り上げた一般事務職はもちろん、高度とされてきた専門職にも機械化の波は押し寄せます。ビッグデータを活用した市況分析や予測はすでに行われていますし、法曹でも契約書のレビューなどにはもうAIが食い込んでいます。金融・投資の世界ではロボアドなんてサービスも登場してますね。わたしも利用させてもらってます。

数少ない人間の優位としてパッと思いつくのは自然言語における意味理解ですけど……SNSとかやっている方ならピンとくると思うんですが、ぶっちゃけ人間だって言うほど読解力高くないんですよね。クソリプってあるじゃないですか。文字は読めても文章が読めない人、こちらが言ってもいないことに対して謎の反論をしてくる人、すごく多いです。

いずれにせよ、「どちらがより役に立つか」という基準で勝負したら、人間には勝ち目などありません。機械のほうが迅速かつ正確ですからね。

勝てないならルールを変えよう

ところで、わたしは以前「戦略の基礎は勝てない戦をしないことだ」という内容の記事を上げました。

考え方は同じです。優位を取れないフィールドで競争するから消耗するんです。

人間よりもAIのほうが有能で役に立つというのなら、「役に立つかどうかで人間の価値は決まらない」と価値観を転換しましょう

経済学者の井上智洋氏は、著書『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』の中で、ジョルジュ・バタイユが提示した「有用性」という概念を引用しながらこのように述べています(「有用性」とは「役立つこと」という意味だと思ってください)。

私たち現代人は、人間に対してですら有用性の観点でしか眺められなくなり、人間はすべからく社会の役に立つべきだなどという偏狭な考えにとりつかれているように思われます。

(中略)

経理係を務めているがために価値があると見なされている人間は、情報技術が経理業務の一切を担うようになればその価値を失うことになります。転職して他の仕事に就いたとしても同じことです。その仕事もまたAIなりロボットなりに奪われる可能性があるからです。

要するに、有用性という価値は普遍的なものではなく、波打ち際の砂地に描いた落書きが波に洗われるように、やがては消え去る運命にあるのです。

役に立つことが価値の高いことなのだとしたら、それは遅かれ早かれ人間の手から失われます。有用性に価値基準を置く見方からは一刻も早く降りましょう。

役に立つ立たないにかかわらず、その人がその人として幸福に生きること自体に価値がある。AI全盛の時代でアイデンティティを確立するにはそのように考える必要があります。この「役に立つ立たないにかかわらず価値のある物事」を、バタイユは「至高性」と呼びました。

10年後20年後においては有用性ではなく、至高性が普遍的な価値とされていることでしょう。

他人の役に立つことが尊いことではなくなる時代

皆さん、いかがでしたか?

暗算の達人よりも電卓のほうが正確に計算を行えるし、重量挙げのチャンピオンよりもフォークリフトのほうが重い物を持ち上げられるし、陸上選手よりも新幹線のほうがずっと速く走れます。でも、どの例でも人間側が道具に嫉妬することはないですよね?

それと同じことがあらゆる分野で起きようとしている、というだけの話なんです。

人間は人間であるというだけで価値を持ちます。道具と張り合おうと思うのが間違いです。

他人や社会の役に立つという役目から降り、一日一日訪れる楽しみを享受すること。これからの時代を生きやすく過ごすためのコツはそういうことになりそうです。

働かざる者食うべからず、なんて言っている人こそ時代遅れになっていくのでしょうね。


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