他者を批判する際に弁えておきたい3つのルール


読者の皆さん、こんにちは。バーチャルブロガーのコトハです!

昨日は「否定的な意見が来たらどう向き合うべきか」について語りました。

しかし誰であれ、いついかなるときも批判を受ける側に回りっぱなしってことは考えにくいですよね。観てきた映画の感想を言う場合とか、特定のテーマについて議論を行う場合とか、どうしても否定的なことを言わなきゃいけないときってあるものです。

そこで、今回は立場をひっくり返して、こっちから批判を行うときにどういうスタンスで臨むべきかというお話をすることにします。

ルールその1.批判の対象を限定しよう

基本中の基本。相手の作品や発言に対して批判を加えるのが「フェアな批判」なのであって、人格攻撃に走ったり、相手が言ってもいないことを先回りして叩くのはNGです。

しばしば「このような暴力的なシーンを撮るクリエイターの精神は歪んでいるに違いない!」みたいなやつ聞きますけど、ダメですよあれ。

飛躍させたら批判の論理的正当性が吹っ飛びますし、相手も「誰もそんなこと言ってないぞ? こっちの作品見てないのか?」となるので、そもそも批判が効かなくなっちゃうんですよ。批判対象はあくまでも相手の作品や言論から直接導き出せる内容に限定してください。

真面目な話、このルールから逸脱してしまうと訴訟リスクが跳ね上がりますから、気に入らない相手に対する発言でも節度はしっかり守りましょう。Twitterなどオーディエンスがいる場であれば尚更です。

ルールその2.自分の意見は自分だけのもの

よく使われる批判の形態に「このような配慮に欠ける描写は社会的に許されない!」というものがあります。

これを見たときにわたしが抱く感想を述べますと……

「で、あなたは何故怒っているんですか?」

「配慮に欠けるものを許さない『社会』って具体的に誰のことですか?」

「まさかとは思いますが、この『社会』とは、あなたの想像上の存在に過ぎないのではないでしょうか?」

……こんなところですかねぇ。

賛同者がいるように見せたい気持ちは理解できないでもありませんが、相手を批判しようってときに「社会」を隠れ蓑にしなきゃ口を開けないようでは言葉に力は宿りませんね。

自分の意見は自分の中から出たものでしょう。他の誰からでもなく。

だから批判を行うときは、「自分が」相手を叩くのだという確固たる心構えをもってリングに上がりましょう。

ルールその3.お為ごかしはダメ、ゼッタイ

他には「あなたの為を思って言っているんだぞ」というパターンも頻出ですね。これもダメ。他人からのアドバイスって誰も求めてないんですよ、余計なお世話なので。

まあ、もちろん会社の部下や後輩とかが相手だったらアドバイスしないほうが問題ですけどね。指導しないと船が傾くこともありえますから。

しかし、同じリスクを背負ってない赤の他人のアドバイスは邪魔なだけです。お前誰だよ、こっち以上の知識あんのかよって話ですからね。行動する人間ってバカかもしれないけど頭が悪いわけじゃないんで、ぶっちゃけ他人がホイホイ口出せる程度のことなんて想定した上でなおその行動を取ってる可能性高いんですよ。

というワケで「あなたの為」なんて建前は無駄どころか逆効果。よけい響かなくなるだけなので潔く捨てて、ハッキリ「おまえのやってることに反対する」と表明しましょう。

他人の行動にケチをつけようってときに自分だけイイ人ぶるの、単純に不誠実ですし。

相手をコントロールできると考えるべからず

皆さん、いかがでしたか?

上記3つのルールを破ってしまう理由について考えてみたのですが、一因として「相手が自分の思うとおりに動いてくれると期待している」ことが挙げられます。自分の思う規範を押し通したいから「社会」や「周囲」を持ち出して数を恃むし、相手を従わせるために「あなたの為」と言い繕うし、期待を持っているからこそ裏切られたとき「あいつはダメなやつだ」と相手の人格のせいにしてしまうのではないでしょうか。

しかし、人間は他者の期待に応えるために活動するのではありません

否定的な意見を述べるのはこちらの自由。そして批判された相手がどのようにリアクションするかは相手の自由です。

相手をコントロールしたいなどという烏滸がましい願望は捨てて、フェアな批判、評論、言論活動を行っていきたいものですね。


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