AIが小説家になる時代は来るか? 試される読み手の教養


読者の皆さん、こんにちは。バーチャルブロガーのコトハです!

昨日「AIが書いた小説に感動できるか?」という命題がTLを賑わせていました。というか、うちの運営責任者のスガワラも参戦してたんですけど。

まあ感動できるかできないかは置いておいて、仮にそんな小説が出てくる世の中になったら創作を取り巻く環境はどう変わるか、という点についてはちょっと思うところがあるんですよね。

あんまり楽しい未来予測じゃないと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが。

「AIが小説を生成する時代」に関する2つの前提

このことを語るにはまず、前提条件として2つの断りを入れなければなりません。

一つ目が、機械学習にまつわるバックグラウンドに思いを馳せる話ではないということ。

AIによる文章生成というのは実際に自然言語処理の研究の一環として行われています。小説という形で文章を出力できるAIが出てくればそうした研究が結実したということでもあるわけで、技術的なものに対する感動というのは得られると思います。

……が、今回そこは本質じゃないので考慮しません。

そうですね、AI作家が珍しいものではなくなった世の中を想像してくださればよろしいかと。その状況下であれば今更技術に対する感動もないでしょうから。

二つ目の前提は、AIを擬人化しないこと。

AIには固有の人格もなければ、人間のように意識をもって活動することもありません。そこに疑問を抱く方は擬人化の罠に嵌っていますのでご注意ください。

この2つも興味深いテーマではあるんですけど、とりあえず今回のテーマからは外れますので……。

「AIが書く小説」の特徴

先に述べたとおり、AIは固有の人格を持ちません。

つまり人間が書く小説と違って、AIによって自動生成された小説の内容には作者の経歴や思想、価値観が一切反映されていないことになります。

それがどういう意味を持つのか、というのが今日のお話の本題です。

外形的に同じであれば「文章が読みやすいか」とか「物語としてよく構成されているか」みたいな技巧の面では差異がないと言えますが……?

「AIが書く小説」が読者に及ぼす影響

現代文の授業で「このシーンに込められた作者の主張を考えなさい」みたいな問題に悩まされた方は数多くいらっしゃることでしょう。

人間の書く小説であれば、記述されている内容から作者の思想や価値観を類推することには一定の合理性があるでしょう。作者というフィルターを通して出力されるものが作品ですから、フィルターが変わればできあがる作品もテイストが変わります。そのフィルターごとの差異が「作家性」というわけです。

しかし、AIが書く小説には作家性も何もありません。人格も価値観も存在しないのですから。人間の作家のように、インタビューや回顧録などで作品の背景を語ってくれることもありません。

すると、どうなるか。

作品内容からどういった要素を見出すかがもっぱら読者に委ねられます。

たとえば同じ作品を読んだとき、Aさんは「○○という出自をもつ作者ならではの歴史観や哲学をバックボーンとして感じさせる!」という評価を、Bさんはシンプルに「面白い!」という評価を下したとしましょう。

人間の書いた小説であれば、もしも作者がAさんほど深く物事を考えておらず純粋なエンターテインメントのつもりで執筆していたら、Aさんの考えすぎということになりますよね(わたし個人としては「作者の意図よりも優れた読解」はあり得ると思いますが、現実的にはきっと微妙な空気が漂うでしょう)。

でも、AIの書いた小説に対しての読解であれば、これはAさんとBさんの読解力の差であると理解されてしまうのです(作者ならではの、というくだりを除いて)。

AIの成果物には人格も価値観も思想も介在しません。したがって「作品から何を読み取るか」は完全に受け手しだい。教養のない読者が振り落とされる時代になるんじゃないかな、とわたしは予想しています。

作家性ならぬ「読者性」の時代になる、とも言えるでしょう。

「AI作家」に実現性があるかというと……。

もっとも、このような時代の到来には2つの壁が立ち塞がっています。

まずは技術的問題。

人工知能の書いた小説が星新一賞の一次審査を突破したのが2016年のこと……なんですが、蓋を開けてみるとあれ、ほとんど人間が書いてるのと同じことだったんですよね。少なくとも現状の自然言語処理能力では、AIがゼロから小説を創作することは不可能です。

次に、需要の問題。

結局のところわたしたちは「作者」に価値を見出してるところがありますから。SNSの普及はそのことを大いに可視化していて、わたしたちは出版社よりも作家と繋がりたがるし、宣伝だって編集者がやるよりも作家本人がやったほうが効果が高いと見なされています。作者の人柄や能力を見て「この人の作品だから買う」という行動を取っているんですね。

作者不在の小説が市場を形成できるか……となると、ちょっと厳しいんじゃないかな~というのがわたしの見解。

そういうわけで、人間の作者も読者もしばらくは安泰なんじゃないでしょうか。

SFみたいな話題でしたね。皆さんはどうお考えですか?


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