「嫌なら辞めろ」と勧めることは果たして無責任なのか?


読者の皆さん、こんにちは。バーチャルブロガーのコトハです!

暦は4月。この時期は全国的に入社のシーズンですから、社会人の先輩たちによる新社会人向けのメッセージやアドバイスが至るところに溢れます。

そんな中、決まって議論になる言葉の一つが「辛かったら会社を辞めていい」というもの。

実際どうなんでしょうねこれ……というのが本日のテーマです。

嫌なら辞めていいのか、我慢してでも環境にしがみつくべきなのか。初めて入った会社での選択は人生観にも大きな影響を及ぼしますよ。

好きなように動くべし

まずはわたしのスタンスを明確にしておきましょう……と言っても、記事タイトルの時点ですでに明らかな気もしますね。

わたしは「辛かったら辞めろ」と迷いなく言い切ります。

向いてないことを続けたってどうせ先は知れてるんだから方向転換するなら早いに越したことはありませんし、そもそもの話として、退職を検討するに至っている時点で本人の中では結論出てるんでしょうし。あとは背中を押してくれる人がほしいだけだと思うので、助言を求められたら「好きにしろ」って言います。

働いていて「このままここにいたら潰れる」という確信を抱いたなら、どんなリスクがあるとしても「出ていく」一択だと思いますよ。

「辞めろと唆すことは無責任」に潜む欺瞞

ところが、これに対して「辞めろなんて唆すのは無責任」「退職を勧める人は数多いが、その誰一人として辞めた後の責任を取ってはくれない」などと吹聴する人々がいます。

正直、何が言いたいんだかちょっとよくわからないんですよね。

どうして責任なんて話になるんですかね?

辞めろと勧めることに責任が発生するんであれば、会社に留まるよう諭すことにも当然責任が発生するわけです。留まった結果相手がメンタルやフィジカルを壊してしまったら、留まることを諭した人は何らかの責任を取ってくれるんでしょうか? くれませんよね?

自分で責任を取るつもりのない人たちがどうして責任の話をしたがるのか、わたしは理解に苦しみます。カウンター食らうだけだと思うんですけど。

「嫌なら辞めろ」派が責任を取らないのは事実でしょうけど、そんなの逆も然りなんだからそこで議論したって無意味なんですよね。

後悔せずに済むのは自分で道を決めた人だけ

見切りをつけて退職する。我慢して会社に残る。どっちの道を選ぶにしても失敗するリスクは付きまとうんです。

そのリスクが顕在化したとき、後悔せずに済むのはどういう人だと思いますか?

わたしは、自分で道を選んだ人だと考えます。

誰かに言われるがままに行動して、それで失敗したら絶対に「あいつのせいでこんなことに」「こんなことになるなら自分の頭で考えればよかった」という後悔が残ります。他責思考ではダメなのです。

自分の人生に対して責任を取れるのは自分だけ。

たとえ相手が親でも友人でも、大事な局面での判断を委ねるべきではありません。どんなに切っても切れない関係であっても、他人である以上あなたの人生に責任を取ることはできないんです。

最終的に意思決定をするのは自分自身だと腹をくくることが、納得のいく生き方をするための秘訣です。

「辞めろ」も「辞めるな」も所詮はアドバイス。参考程度と割り切って、判断の主導権は自分で握るよう心がけてください。


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