高齢者の運転免許返納は義務化すべきなのか? 実現性と効果の考察


読者の皆さん、こんにちは。バーチャルブロガーのコトハです!

4/19(金)に池袋で起こった自動車の暴走事故をきっかけに、高齢者の免許返納に関する議論が盛り上がりを見せています。

問題が噴出している以上、現状維持でいいとはわたしも思わないので、議論が活発になるのは悪いことではないのですが……率直に言って「一定の年齢に達したら返納を義務化すべきだ」という声に関しては、交通秩序を守るというよりは世代間闘争の一環として行われる不毛なものに見えてならないんですよね。

そこで、高齢者の免許返納を義務化することが本当に公共の利益に資するのかどうか、今回わたしなりの考えをまとめてみることにしました。

健康寿命が延びている以上、わたしたち自身今後にわたって向き合わなければならない課題ですから、一度しっかり考えておいたほうがいいでしょう。

1.年齢を根拠に返納を迫ることはできない

結論を述べてしまうと、年齢を根拠として一律返納を義務化することは「非現実的」の一言に尽きます。

以下、その理由を述べていきましょう。

1-1.農村部や山間部の事情が考慮されていない

地方の高速道路などを走っていると一目でわかるんですが、駅も店も公共施設もないようなところにポツポツと何軒かの家が建っている、みたいな場所って珍しくないんですよね。よく生活が成り立つなあと舌を巻くんですが、あれって要するに自動車があるから近隣の市や町まで買い物に行けるわけで。

さて、そういった過疎地で自動車を運転できなくなってしまったら、住民はいよいよどうやって生活を成り立たせるのでしょう?

日用品や食料すら調達に行けないとなると、事は利便性うんぬんを超えて命に関わる事態にまで発展してしまいます。

あくまでも可能性に過ぎない事故リスクを低減させるために日常生活を危険にさらすことが、果たして合理的と言えるでしょうか。わたしには到底そうは思えません。

……え、通販使え?

冗談でしょう、ただでさえ運送業界が人手不足なのに、さらに荷量を増大させるんですか? 物流会社への支援の拡大をセットで主張されるのであればまだ筋は通りますが……。

1-2.正当性に疑問符がつく

また、返納を義務化するという措置に正当性はあるのか? という疑問も付きまといます。

加齢とともに反射神経や認知能力が衰えてくるのは事実ですが、その進行の早さには個人差があり、問題なく運転をこなす高齢者もいる……というかそういった方のほうが多数派ですよね。このような状況下で一律の返納を迫ることが妥当であるとは考えにくいのではないでしょうか。

そもそも運転免許は一定の年齢に達したら付与されるという性格のものではなく、必要とされる知識や技能を備えていると認められて初めて取得できるものです。ということは、重要なのは年齢ではなく、実際に車を運転するだけの能力を残しているかどうかです。若いペーパードライバーが許されて高齢者ドライバーの存在が許されない理由はないと考えます。

1-3.そもそも言うほど効果あるの?

きわめて根本的なこととして、仮に高齢者を道路から排除したとして、その事故防止効果はどの程度なのかを考える必要があります。

事故率の統計を扱ったものとして、こんな記事が見つかりました。

どの年代がもっとも交通事故を起こしやすいのでしょうか?上から順番に見ていくと、「16~19歳」が傑出して多く、それに続くのが「20~29歳」。その次に来るのが「80歳以上」です。70代となると、他の年代とほとんど差はありません。

――高齢ドライバーの事故は20代より少ない 意外と知らないデータの真実|Yahoo!ニュース

記事中でも指摘されているようにペーパードライバーのぶんは考慮に入っていませんから、走行距離を含めないことには正確なデータとはならないでしょう。とはいえ、観測されている数字からすると、高齢者の免許返納を義務化しても期待ほどの成果は得られなさそうです。

死亡事故に関しては一定の効果を生みそうですが、それにしたって発生率トップではないので「若年層の免許も規制しなければ筋が通らない」ということになってしまいますね。

まとめると「年齢を要件として一律返納させるのは妥当性の面で疑問符がつき、しかも犠牲の大きさのわりに益が少ない」という具合でしょうか。

2.公共交通を使わせるには巨額の費用がかかる

公共交通機関を整備すれば過疎地の高齢者も車を運転しなくて済むようになるのでしょうか?

正直、あれだけインフラの充実した東京23区内で事故が起こっている時点で首を傾げたくなってしまうんですが、一考の余地はあるかもしれません。早速見ていきましょう。

2-1.赤字路線を許容できるか?

まずは「過疎地に鉄道やバス路線を通す」というアプローチ。

方向性としては一番の正攻法に思えますが、これはおそらく成功しないでしょう。

というのも、どう考えたって採算が取れないに決まっているからです。そりゃそうですよね、人的輸送需要があるならこんな議論になるまでもなく、最初から交通系の会社が進出してきているはずですもの。

採算の取れない路線を無理矢理に維持しようとするなら、資金を投入して援助してやらなければなりません。その場合、当然ながら過疎地の税収で賄うことは難しいため、都市で集めた税金を過疎地へとじゃぶじゃぶ流す格好になります。

もちろん、それでいいならいいんですけど……反発が出る予感がひしひしとするんですよね。

2-2.都市部に移住させることも難しい

では、あらかじめ交通の便が整っている都市部に移住してもらうのはどうか。

この方法であれば既にあるインフラを活用するだけですから、一から線路をひいたりバスを走らせたりといった対策と比べれば、たしかに設備投資をせずに済むでしょう。

しかし、残念ながらこの方法にも問題があります。

受け入れ先となる都市が住居を安価に提供しなければならないということです。もっと言うなら移住前の家を買い取ったりローンを肩代わりしなきゃいけないわけで、結局のところ費用面での負担増が避けられないんですね。

まあ、住居に関しては空き家問題もありますから、その解決策として利用する自治体が出てくることも考えられないではありませんが……とはいえできる都市とできない都市とにハッキリ分かれるでしょうから、万能の一手とはならないでしょう。少なくとも今回事故の起こった東京では無理ですよね、現在でさえ住宅需給が逼迫しているんですから。

というか、それ以前の話として……

何人も、公共の福祉に反しない限り、居住、移転及び職業選択の自由を有する。

――日本国憲法第22条第1項

このように人間には居住移転の自由があるわけですから、移住したほうが経済合理的であるというインセンティブを作るところまでが行政の限界であって、強制することはできないんですよね。

2-3.コンパクトシティは実現不可能

都市部に人を集めるといえば、コンパクトシティ構想を唱える方も(未だに)います。街の都心部に人・モノ・資本を集中させて、市街地が郊外へと拡大することを抑止するという発想ですね。

どんな街であれ最も交通インフラの整っているのは都心部でしょうから、今回の件でもやっぱり持ち出してくる方がそれなりの数いらっしゃいました。

……が、無理なんですよね。これ。

少なくとも都市論においては「机上の空論」と結論が出ているんじゃないでしょうか。

根拠としては主にこのような経済合理性の話、そして先述した「郊外の家を買い取ってくれるのか?」「代わりの住居を用意してくれるのか?」といった事情。

コンパクトシティって「除雪費用を抑えたい」という至極まっとうな理由を持っていた青森市ですら失敗するような政策なんですよ。地形的要因によって物理的に市街を拡張できない都市なら自然とコンパクトにもなるでしょうけど、全国どこでも実現できる都市構造ではありません。

生きた人間を移動させるのは容易じゃないということですね。

3.免許更新時に適性検査を

以上の理由から、わたしは免許更新時の検査を強化すべきと考えます。

運転免許、一度取得したらずっと使えるわけじゃないですから。期限がきたら更新しなければならないので、そのときに適性検査を行えば個人の能力に応じて個別に判断できますよね。

もちろん個別に判断するわけですから、年齢にかかわらず技能試験や学科試験を課すことも考えるべきです。運転免許はあくまでも車の運転ができるようになる資格なんですから、運転技能を持たないペーパードライバーからは取り上げるほうが制度の本旨に沿うでしょう。

まあ、身分証としての需要もあるので困る人が出てくるかもしれませんが……そこはマイナンバーカードの取得率も上がって一石二鳥、ってことでいいんじゃないでしょうか。

これに伴って高齢者の免許更新サイクルを短縮するのはアリだと思います。衰えはいつやって来るかわかりませんからね。


コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。